ネドベドの背番号を歴代で紹介!11以外も多数!ユヴェントス|ラツィオ|チェコ代表

現役時代は「チェコの大砲」とも評された、パベル・ネドベド。

ユヴェントスでの活躍が最も有名ですが、ラツィオ時代から既に一流プレーヤーでしたね。

そんなネドベドの背番号を歴代で紹介します。

11番のイメージが強い選手ではありますが、11以外の番号を付けてプレーしていたこともありますよ。

【所属クラブ】

1991-1992 FKデュクラ・プラハ
1992-1994 ACスパルタ・プラハ
1994-1995 8,9
1995-1996 4
1996-2001 SSラツィオ 18
2001-2009 ユヴェントス 11

【チェコ代表】

1996 ユーロ1996 4
1997 コンフェデレーションズカップ 4
2000 ユーロ2000 4
2004 ユーロ2004 11
2006 ワールドカップ2006 11
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ネドベドの背番号を歴代で紹介!【クラブ編】

FKデュクラ・プラハ【1991-1992】

1991-1992 FKデュクラ・プラハ

ネドベドは1986年、14歳の時に母国であるチェコのスコダ・プルゼンというクラブに加入。

1990-1991シーズンにトップチームに昇格しているようですが…詳細は不明な状態です。

そして1991年7月にデュクラ・プラハに移籍。

1シーズンを過ごしているのですが、この辺りまで今一つしっかりとした記録が残っていないようです。

そのため、この時の背番号は不明となっています。

ACスパルタ・プラハ【1992-1996】

1992-1994 ACスパルタ・プラハ
1994-1995 8,9
1995-1996 4

1992-1993シーズンより強豪であるのスパルタ・プラハに移籍。

1シーズン目こそ出場機会に恵まれていませんが、2シーズン目には主力に成長しリーグ優勝に貢献しています。

この活躍もありチェコ代表にも選出されるようになりましたね。

チェコのサッカーリーグで背番号が固定制になったのは…正確な年代がわかりませんでしたが、恐らく他の欧州と同じく1995-1996シーズンからと思われます。

4番がメインだったようですが、他にも3番や5番を付けてプレーする映像も残されていますね。

スパルタ・プラハ時代の貴重な映像をどうぞ。

TOP 25 osobností: Pavel Nedvěd
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SSラツィオ【1996-2001】

1996-2001 SSラツィオ 18

1996-1997シーズンよりイタリアのSSラツィオに移籍。

これはユーロ1996の活躍により…と言われています。

当時のセリエAは世界トップクラスのリーグとなっており、ラツィオは中堅クラブといったところ。

加入当初より主力として活躍し、1999-2000シーズンには1973-1974シーズン以来となる26年ぶりのリーグ制覇に貢献しています。

ラツィオ時代の背番号は、加入から退団までの5シーズンを通して18番となっています。

恐らく本人としては…こだわりのある番号は11番なのだと思います。

しかしこの時のラツィオは既にジュゼッペ・シニョーリが11番を付けていました。

ラツィオ時代のプレー映像をどうぞ。

Pavel Nedved vs Roma Away – [29/04/01]

ユヴェントス【2001-2009】

2001-2009 ユヴェントス 11

2001-2002シーズンよりユヴェントスへ移籍。

当初はラツィオで長期契約を結んだものの…クラブの資金難に伴い急遽放出されるといった状態でした。

この時にはラツィオのキャプテンであり人気が高かったアレッサンドロ・ネスタでさえも放出せざるを得ないという状況でしたね。

ユーヴェでは加入当初こそフィットせず苦しんだ印象がありましたが、2シーズン目からは大黒柱として君臨。

引退するまで主力として活躍を続けています。

背番号は、加入から引退までの8シーズンを通して11番を付けています。

加入前年までは11番はダニエル・フォンセカが付けていましたが、ちょうど入れ替わりになって11番が空いたんですよね。

そんなユヴェントス時代の映像をどうぞ。(ちょっとラツィオ時代も入ってますが)

The Legend Pavel Nedvěd | Throwback | Serie A
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ネドベドの背番号を歴代で紹介!【チェコ代表編】

ユーロ【1996】

1996 ユーロ1996 4

チェコ代表にデビューしたのは1994年6月の親善試合、アイルランド戦です。

次の招集は1年ほど空き、1995年のユーロ1996予選ですね。

ここで代表に定着し、そのままユーロ1996本戦のメンバー入りを果たしています。

ユーロ1996では6試合中5試合にフル出場。

出ていない1試合もイエローカードの累積によるもの…ということで、左サイドハーフの主力として活躍しました。

(結果は残念ながら準優勝)

この時の背番号は4番ですね。

コンフェデレーションズカップ【1997】

1997 コンフェデレーションズカップ 4

1997年のコンフェデレーションズカップでは、レギュラーとして全5試合に出場。

3位に貢献しています。

この時の背番号も4ですね。

1997 (December 21) Czech Republic 1-Uruguay 0 (Confederations Cup).mpg

ユーロ2000【2000】

2000 ユーロ2000 4

ワールドカップ1998は…残念ながら欧州予選のグループ6で3位となり…本大会出場を逃すことになりました。

2000年のユーロ2000では、グループステージで敗退となったものの全3試合にフル出場しています。

この大会でも4番を付けていますね。

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ユーロ【2004】

2004 ユーロ2004 11

続く2002年の日韓ワールドカップでは、プレーオフまで進出するものの…ベルギー代表にホーム・アウェーともに敗れ本大会出場を逃すことに。

そして続くユーロ2004では、5試合中4試合に出場。

準決勝では負傷交代となり、その影響もあってか…チェコ代表は延長戦で敗退しベスト4となっています。

背番号はこの大会より、代名詞とも言える11番になっています。

そんなセミファイナル、ギリシャ戦のハイライトがコチラ。

EURO 2004 – Česko vs. Řecko ( semifinále )

ワールドカップ【2006】

2006 ワールドカップ2006 11

ユーロ2004を最後に代表からの引退を表明。

しかし2006年のドイツワールドカップの欧州予選で…ネドベドのいないチェコは苦戦しプレーオフに回ることに。

ワールドカップ出場のために、代表引退を撤回し復帰。

プレーオフを制して本大会への出場権を獲得しています。

ちなみに、この時がチェコスロバキアからチェコになって初のワールドカップとなりますね。

そのままグループステージの3試合にも出場しますが、1勝2敗の成績でチェコはグループステージで姿を消すことになりました。

ネドベドは全3試合にフル出場、背番号は11番でしたね。

そして同年8月16日に行われた、セルビアとの親善試合を最後に代表から引退しています。

USA vs. Czech Republic
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まとめ

ということで今回の記事のまとめです。

ネドベドの背番号をクラブと代表でそれぞれ紹介

11番が多いですが、ラツィオでは18番

無尽蔵のスタミナを武器に、サイドでも中央でも活躍した選手でしたね。

チェコの大砲というだけに、強烈なミドルシュートも魅力の選手でした。

現在はユヴェントスの副会長ということで、今でもカルチョの世界で見かけますね。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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